研究概要

『環境変化に対して順応性のあるエネルギーシステム実現へ向けた研究』

大きな研究テーマとして、「環境変化に対して順応的なエネルギーシステム」の実現に向けたシステムモデリング・社会デザインに関する研究を行っています。

これまでのエネルギー供給システムは,多数の発電プラントや制御機器とそれらを統合制御するシステムによって成り立ってきました。一方で近年,低炭素社会の実現に向けた再生可能エネルギーの導入や需給調整力確保に向けた需要家側エネルギーデバイスの活用など,エネルギー供給システムのさらなる複雑化が進んでいます。

その中で,短期的な予測情報をもとにエネルギーシステムをどのように運用するか,中長期的な社会環境を見通しながら社会的にどの技術を選択していくかが課題となっています。一方で,現在のエネルギーシステムに関わる意思決定は社会的・金銭的なコストが大きいため,社会からの要求や制度の変化に対してシステムを適応させるために多くの社会的・金銭的・時間コストがかかっています。

そこで,短期あるいは中長期的な環境変化に対してエネルギーシステム自身が順応的に制御・運用の最適化を行えるような機能を持たせることができれば,これらのコストを大きく削減できると考えています。では,どのようなシステム技術があれば,自律的な制御・運用最適化の機能を持たせることができるのでしょうか。

 

このような問いのもと「不確実性」「マルチタイムスケール」をキーワードとして以下の研究テーマに取り組んでいます。

  1. エネルギーシステムをとりまく不確実性の解析・モデリング
  2. 不確実性を学習したエネルギーシステム運用
  3. マルチタイムスケールなエネルギーシステム解析

具体的な研究テーマ

数理最適化や確率モデリング・機械学習といったオペレーションズ・リサーチ,データサイエンスの数理的手法を用いて、主に電力システムを対象としたモデリング・制御技術・経済分析といった研究課題に取り組んでいます。

シナリオに基づいた将来の電力システムにおける電力需給に関する分析

パリ協定の長期目標に基づいて低炭素型社会を達成するため,電力システムの需給運用に対して再生可能エネルギー(RE)電源や需要家側のエネルギー機器の活用など様々なリソースの導入が計画されています。

これらのリソースの導入が電力システムの運用に対してもたらす運用的・経済的なメリットについて定量的な評価を行うためには,1時間・月間・季節・年間など様々な時間粒度で検証できるシミュレーションモデルが必要です。

そこで,日本全国の電力需給を模擬できる長期的エネルギーミックス最適化モデル・広域的電力需給解析モデルの開発を行っています。

長期的エネルギーミックス最適化モデルは,CO2排出量の削減目標や設備投資など長期的な運用制約を踏まえたうえで最適なエネルギーミックスを求めることができるモデルです。

広域的電力需給解析モデルは,任意の設備容量のもとで1日ごとの発電機等の運用を最適化するモデルです。

これらのモデルに想定するシナリオや制約に関する入力データを与えることで,1時間・月間・季節・年間等,様々な時間スケールの電力システム運用の評価が可能です。

本研究では,最適化モデルを高速に解くためのアルゴリズムやモデリング方法の開発や,RE電源の普及目標や燃料価格などの様々な将来シナリオに基づいたシミュレーション分析を行っています。

【主な文献】

S. Negishi: "A Study of Long-term Energy-mix Optimization Model: A Case Study in Japan," Proceedings pf The International Conference on Electrical Engineering 2022 (ICEE2022), 1-0150 (2022) [arXiv]

根岸信太郎,木村圭佑,鈴木郁海,池上貴志:「クラスタ化した発電機起動停止計画問題に基づく広域的電力需給解析モデルに関する検討」,電気学会電力技術/電力系統技術合同研究会資料,PE-20-077,PSE-20-082 (2020)

・鈴木郁海,根岸信太郎,池上貴志:「再エネ普及シナリオに基づく長期的な太陽光・風力発電導入価値変遷の分析」,電気学会論文誌B,Vol.140,No.6,pp.521-530 (2020)

・大森洋幸,根岸信太郎,池上貴志:「家庭用ヒートポンプ給湯機による電力需給調整力の提供効果の評価」,電気学会論文誌B,Vol.140,No.4,pp.313-322 (2020)

需要家側機器を対象にしたエネルギーマネジメントシステムモデルの開発

従来の電力系統では,電力の供給側(火力や水力などの様々な電源・蓄電池などのエネルギー機器)のみをコントロールする対象としてきました。その一方で,近年,需要家側に設置されているエネルギー機器を電力系統の需給状況に合わせてコントロールすることで,電力需要のピークカットや再生可能エネルギー(RE)電源の出力抑制回避などの電力需給調整に役立てる技術開発が行われるようになってきています。

そこで,数理最適化技術を基盤として,需要家側機器を対象としたエネルギーマネジメントシステム(EMS)モデルの開発を行っています。具体的には,家庭用ヒートポンプや上水道の送水ポンプを対象としたEMSモデルの開発を進めています。特に,RE電源の導入が進むにしたがって必要となる周波数調整力を需要家側機器から電力系統に提供することを想定したモデルである点に特徴があります。

また本テーマで開発したモデルは,上記の需給解析モデルと組み合わせることで,広範なエリアにおいて需要家側機器の制御が電力系統の需給運用にもたらす貢献効果を評価することもできます。

今後も,需要家側機器のさらなる活用・需給調整ポテンシャル評価を目的として,様々な需要家側機器を対象としたEMSモデルの開発を進めていく予定です。

【主な文献】

S. Negishi, and T. Ikegami: "Robust Scheduling for Water Pumping in Water Distribution System under Uncertainty of Activating Regulation Reserves," Energies, 14(2), 302 (2021)

根岸信太郎,池上貴志:「電力系統への周波数調整力の提供を行う上水道送水ポンプの最適運用計画手法」,電気学会論文誌B,Vol.139,No.12,pp.757-766 (2019)

発電出力が不確実な再生可能エネルギー発電システムの運用計画手法の開発

太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギー(RE)電源は,気象条件により発電出力が変化するという特徴があります。この特徴により,RE電源の導入が進んだ電力システムでは,需要と供給を一致させることが難しくなると予想されます。

そこで,RE電源に蓄電池を併設し,発電出力の予測情報を活用することで,発電出力が変動するRE電源でも計画的な発電(計画発電)を実施できる手法の開発を行いました。

加えて,発電出力予測の外れる傾向を実績データから抽出し,計画段階で反映させることで計画発電に必要な蓄電池容量の削減を実現しました。

【主な文献】

・吉田孝太郎,根岸信太郎,高山聡志,石亀篤司:「コピュラを用いた発電出力シナリオに基づくウィンドファームの確率論的計画発電手法」,電気学会論文誌B,Vol.138,No.6,pp.482-493 (2018)

・K. Yoshida, S. Negishi, S. Takayama, and A. Ishigame: "Scheduled Operation of Wind Farm with a Battery-Energy-Storage System Considering Ramp Events," Journal of International Council on Electrical Engineering, Vol.8, No.1, pp.144-154 (2018)

根岸信太郎,吉田孝太郎,高山聡志,石亀篤司:「風力発電所の確率論的計画発電における発電出力シナリオ生成手法」,電気学会論文誌B,Vol.138,No.3,pp.249-250 (2018)

・吉田孝太郎,根岸信太郎,高山聡志,石亀篤司:「ランプ変動への対応を目的としたウィンドファームの発電計画手法および蓄電池必要容量の評価」,電気学会論文誌B,Vol.137,No.10,pp.687-696 (2017)

スモールデータに基づく予測手法の開発

「ビックデータ」と呼ばれる大規模データベースからの特徴抽出が流行して久しいですが,現実には様々な制約(予算・システム上の都合・生体データなど…)で大規模なデータの収集が困難なことがあります。

そのような「スモールデータ」しかない場合でも予測や異常検知などを行いたい場合における方法論の実応用を目的とした研究を行っています。

例えば,電気の小売りを行う小売電気事業者は,新規契約した需要家の過去13か月分の需要実績データしか取得することができません。従来の電力需要予測では,一般電気事業者が保有する過去数年~数十年規模の需要実績データに基づいて予測を行っていますので,この13か月分の需要実績データというのは非常に少ないデータといえます。そこで,品質工学分野で用いられているMTシステムという多変量解析手法の中からタグチのT法と呼ばれている予測手法を援用し,小規模データでの電力需要予測手法を開発しました。

【主な文献】

S. Negishi, S. Takayama, and A. Ishigame: “Daily Load Curve Forecasting by Taguchi’s T method,” Proceedings of International Conferrence on Electrical Engineering 2016, 90068 (2016)

・森本裕介,根岸信太郎,高山聡志,石亀篤司:「PVが導入された小・中規模の電力需要に対するタグチのT法を用いたネット需要予測」,電気学会論文誌C,Vol.137,No.8,pp.1043-1051 (2017)

根岸信太郎,森本裕介,高山聡志,石亀篤司:「タグチのT法を用いた翌日最大電力需要予測」,電気学会論文誌C,Vol.136,No.6,pp.794-801 (2016)

根岸信太郎,高山聡志,石亀篤司:「非線形補正T法を用いた翌日最大電力需要予測」,電気学会論文誌B,Vol.135,No.3,pp.207-208 (2015)